木彫刻と建築 (第一巻)

■著者
三代目 南部白雲 監修

三代目 南部白雲 監修
発行所・発行人 株式会社 夢創 代表取締役 鈴木伸悟

2001年11月1日発行
A4版 360ページ フルカラー印刷
定価30,000円

本の出版というのは、2年や3年かかるのはごく当たり前のことだが、最近は数ヵ月であっという間にできてしまう本も少なくない。そういう本に限って書店の店頭に山積みになっているからなおタチが悪い。

本書は、書店には並ばない企画出版である。株式会社・夢創の鈴木伸悟氏が企画発行人となり、彼の友人で井波彫刻の名工・三代目南部白雲氏が監修者となりあうん社の平野隆彰は取材執筆者としてこれに参加することになった。

全国各地の寺院への取材が始まったのは1999年初頭、2000年の秋には刊行予定だったが、諸般の事情から2001年11月の発行となった。取材に回った寺院は北海道から九州まで約60ヵ寺、総ページ数は予定より100ページほど増えかなりの予算オーバーだったが、そこはプロデューサー鈴木氏の、本書に対する深い愛情と執着があったからこそと言えるだろう。

本書の切り口を一言で言えば、「建築のなかの木彫刻が主役」という点にある。
寺社建築の本は数限りなくあるが、その建築に飾られた彫刻がまともに紹介された本は皆無に等しい。主役の建築が「森」とするなら、それを飾る脇役の木彫刻は「木」だが、これまであまり陽があたらなかった木を主役として見ようというのが本書の意図であり、テーマである。カメラマン宮本裕氏の迫力あるカラー写真を満載しているが、南部白雲氏の語り部分も多く、竹岡智康氏のデザインですっきりまとめ、単なる作品カタログ集にはしていない。木彫刻に関心のある方にはぜひ読んでほしい一冊である。

なお、購入を希望する方は『きぼり酔彫会』のホームページをご覧ください。

   

あとがき 大化改新は645年、応仁の乱は1467~77年、関ヶ原の戦いは1600年、こうした日本史上のエポック的事柄は中学校の歴史で学んでいる。すぐ忘れてしまう数字の丸暗記にすぎなかったにしても、その歴史年代はおぼろながらに記憶しているものだ。

関ヶ原の戦いは1600年であり、その一年前でも後でもない。それどころか1日のズレがあっても勝敗はどちらに傾いたか知れない天下分け目の戦いであった。ところが、寺院建築の建立年となると、度々の兵火や火災などによって灰塵と化したため、由緒ある古刹でさえ年代記述が曖昧な建物が少なくない。本書の取材で寺院巡りをしてまず困ったのはそのことである。

もとより本書は歴史書でもなければ建築史でもない。これまでほとんど陽が当たらなかった建築彫刻にスポットをあてることに主眼があった。寺の歴史は、地元の郷土史などを丹念に調べていけば分かることもあるが、建築の歴史的経緯を詳しく語ることは当初から本書の編集方針ではなかった。したがってその制作年代が1年や2年違ってもさしたる意味はないわけだが、それにしても伝説的に語られる寺の栞や小冊子を読むと、しばし隔靴掻痒の感がなきにしもあらずであった。

また編集方針といえば、監修者の南部白雲師の視点から、それぞれの彫刻の品評を加えることもさけることにした。取材のときは、南部氏の口から自然に漏れる感想はもちろん多かったが、作品の優劣を示すのは本書の目的でもない。建築彫刻のすばらしさや面白味を通して、建築そのものあるいは伝統文化といったものに目を向けてもらえたらという南部氏の思いが発端にある。だから読者対象としては、彫刻と建築を愛するすべての人を意識して編集したつもりである。その建築彫刻が無銘であれ有銘であれ、制作に情熱を傾けた職人の心意気や思いといったものを読者各人が自由に想像されたらいい。

ところが現代では、建築を専門とする人でさえ寺院彫刻の名称からして分からないというのが実状である。そこで、建築彫刻と建物との構造関係や彫刻モチーフの由来、道具の発達と職能分化など、近世に花開いた歴史的社会的背景を見ていくことにした。

歴史的背景といっても建築彫刻そのものの文献資料は極めて少なく、実は取材班の私たちもこの分野の素人であり、さまざまな参考資料のなかから「勉強」していくほかなかった。資料を読みあさり、南部白雲師に具体的な指摘やサポートを受けながら、どうにかこうにかこの1冊をまとめることができたのである。本来なら引用、参考にした資料はその都度記すのが礼儀だが、できるだけ読み易くするため最後にまとめて紹介することにした。

取材した寺院は50ヵ寺以上を数えたが、この紙面には紹介しきれなかった。掲載した写真にしても、膨大な全体数からすればわずかである。

本書の冒頭でも述べているように、まず木(建築彫刻)を見ることから始まっている。そして、木を見て森(建築)を見るのは、読者各人の想像に委ねている。その意味では物足りなさも感じられる向きもあるだろうが、森を見て木を見ずの実状から、あえて建築彫刻を主役とした。

とにかく本書はかつてない切り口で編集したことは確かであり、出版の常識からして冒険でもあっただろう。それをあえて敢行したのは、プロデューサー・鈴木伸悟氏の熱意と情熱にほかならなかった。我田引水のそしりを免れないかもしれないが、私は取材班の一人として、本書の出版意義は大いにあると認識している。文章上のご批判があれば甘んじて受け、次巻の制作(神社編)に活かしていきたいと願っている。

最後になるが、快く取材に応じていただいた寺院関係者の方々に厚くお礼申し上げたい。 
文責  平野 隆彰 Takaaki Hirano