手のひらの宇宙 NO.5
あとがき
今年の1月、空海が唐から帰朝したときに滞留した観世音寺と太宰府天満宮の取材もかねて、今号で四回目となる寄稿をしていただいた「からゆきさん」の研究家・大久保美喜子さんに会いにいった。「行動力があって豪快な女性」と知人から聞いていたので恐る恐る……だったが、小柄でほっそりとしたその体のどこに、というのが第一印象であった。
彼女が天草市内で経営する民宿「花月」に2泊3日の予定だったが、記録的な大雪に足止めされて1日延びてしまった。天草では四十年ぶり、沖縄では百年ぶりという大雪だそうだが、この丹波では「よく降ったね」というくらいで交通機関に影響を及ぼすほどではない。やはり九州は南国なのだと納得した次第。
大久保さんにはいろいろ御馳走になりながらキリシタンの史跡をはじめ「花月」に近い本渡歴史民俗資料館に案内していただいた。その資料館で子どもの作品の特別展があり、観た瞬間におもわずうなってしまったのが白石一貴くんの作品である。
「……、きっとお父さんとお母さんを大好きになるためだね」
じわっとした感動とともに、いまは亡き我が両親に会いにいって懺悔したい気持ちにかられもした。そんな思いにさせるだけでなく、一貴くんのポエムは「意識は波動であり光である」という意味での深さと広がりがある。きっとそうなのだろう真夏の天草の海の明るい透明感がある。作品「パイロット」にしても、愛情いっぱいに育てられた子の純粋な魂の光が美しくもまぶしい。
カバー表紙の絵も同資料館に展示されていた冨田涼帆さんの作品である。体を斜めにかたむけて笑っている女の子が私の目の前に飛び込んできた。ゴッホの麦畑より鮮やかな黄色も目に焼き付いた。あとでこの絵の使用許可を電話でお願いしたとき、「案山子のいる絵ですね」と先方に言われたが、なぜか案山子の印象はぼやけていた。それほど女の子と黄色が鮮烈に私の意識の画布に描かれていたのだった。
何人かをのぞく執筆者のみなさんには、一貴くんの作品や涼帆さんの表紙絵のことは伝えていないから、今号を手にしたとたんにビックリされたあと、すぐにも本書の意図を察して喜ばれるだろう。編集者として毎号そんなことを想像するのも秘かな楽しみの一つである。
「天草の海について書きます」と大久保さんに言っておきながら、その約束を果たせなかった。いつの号か紙幅に余裕のあるときにそれを果たしたい。
平成二十八(2016)年、ホタルと梅雨の夜
編集・発行人 平野智照