9. サインと看板 

●看板は方法論があいまい

『SIGNS』(2008年4月発行)に、同誌の編集長・鎌田経世氏が書いている。
「看板のデザインは難しいものだ。SDA賞やCSデザイン賞サイン部門の受賞作品はサインシステム・デザインが中心である。しかし現実に町を歩いてみると普通の店頭看板が圧倒的に多く、しかも都市景観への影響も強力である。しかし現実には、この店頭看板がシステマティックに取材されることは非常に稀である。この大きな理由が看板のアノニマス性にある。」
この雑誌は、社団法人全日本屋外広告業団体連合会が発行するもので、その名のとおり「サイン」をテーマとした雑誌だが、商業建築・街並・都市景観(アーバンデザイン)・広告・アート的なデザイン性など幅広い視点と切り口で、国内のみならず海外の取材記事も充実している。
南部白雲さんも、何年か前に「特集記事」で取り上げられ、以来、この雑誌のファンになった。白雲さんが目指す「看板づくり」と考え方や方向性が一致したからだ。つまり看板のための看板(看板力)ではなく、街づくりに合った看板、その店舗に似つかわしい看板(サイン)をつくるということだ。
鎌田経世氏は引き続きこう書いている。
「都市の環境要素では、建築は最も影響力が強い。それだけにこの情報は日頃のTV・雑誌・新聞でも多く、取材するにも情報を得ることが容易である。またサインシステムにしても、新しいデザインは新しい建物や都市開発に関わる事が多いので、それにアプローチしやすいのである。
しかし、店頭看板となるとそれはまず無い。従って魅力的な看板や店舗フアサードを見付けようとすると、今のところ“歩く”しか手がないのである。
とは言っても無暗に歩き回るわけではない。力のある都市や商店街には、一般的に言って良いサインがある割合が高い。また歴史や伝統のある町も裏切られることは少ない。神戸はそんな都市なのである。」中略。

神戸は、とくに若い女性観光客にファッショナブルなおしゃれな街というイメージがあり、「良いサインがある割合が高い」のはたしかである。だが、一口に神戸といってもエリアは相当広い。ここで鎌田氏が「歴史や伝統のある町も裏切られることは少ない」という神戸は、元町界隈や北野異人館通りを指している。すなわち旧居留地の歴史が色濃く残る観光スポットである。神戸全体からすればほんの一部のエリアだが、商売上手な神戸はこの歴史的財産を最大限に活かし、おしゃれな神戸のイメージを膨らませるのに成功しているわけである。
たとえば、旧居留地の元町界隈には、DIORやCHANELをはじめ世界的ブランドの店を集めているが、これは神戸市にとっても高級ブランド店舗にとっても大きなプラス(相乗効果)をつくっている。この旧居留地一帯は、「袖看板」が規制されており布の表示が多い。その材質や色も重厚感があり、控えめである。もとより、その店舗で売る商品価格の桁はゼロが一つ、二つ多いのだから、いわゆる一般大衆が入る店ではない。旧居留地一帯が高級ブランドのイメージで統一されているわけだから、DIORが単独で人ごみのする三宮駅前にあってはだめなのだ。店舗や看板のデザインにいくら高級感を出したところで、「街並の問題が大きく立ちはだかり」、ブランドイメージは台無しになる。

「看板のデザインは見方によってはサインシステムのデザインより難しい。サインシステムにはデザインの基準が示されているが、看板はその方法論があいまいなのである。サインは、芸術作品のように個人の主観で決められるものではなく、伝統サイン以降の社会・文化・技術の移り変わりに影響を受けてきたように社会の意志がそのあり方を決めてきた。しかも人々の景観意識の高まりが更に影響力を強めてきた。
言うまでもない事だが、質の低い膨大な量の看板の都市景観に対する影響力は、街並を構成する建物や電線・電柱などと共にはかり知れないものがある。この現実の中で看板規制は必要だとは思うが、実はそれ以前に街並の問題が大きく立ちはだかっている。神戸の取材で特に環境の大切さを感じた事である。」

鎌田氏が言うように、アノニマス性のある看板もサインシステムのなかで、方法論を明確にしていく必要があるのかもしれない。

注)アノニマス性 :匿名性あるいは無名性という意味。